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scraps,memorandums and fragments of my floating days...
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Apr 02
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夏時間で1時間進んだことを男が失念しており、予定よりも早く爆発してしまったのではと報じられている。
Apr 01
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ハウス・ミュージックのゴッドファーザー、フランキー・ナックルズが3月31日、かねてから煩っていた糖尿病の合併症ためにシカゴで亡くなった。言うまでもなく、今日僕たちがハウス・ミュージックと呼んでいる音楽を大衆化したのは、1955年1月18日にブロンクスで生まれ、1977年にシカゴのウェハウスというクラブのレジデントになったこのDJである。

 僕たちがハウス・ミュージックによってどれだけの幸福を味わったのを、どれだけ救われたのかを、いまさら思い返すまでもない。フランキー・ナックルズの功績はあまりにも大きく、その損失は計り知れないほど大きい。ベッドルーム・ミュージックを最初に大衆化したのはシカゴ・ハウスだった。ロックンロールだってハウスに救われた時代があった。
 フランキー・ナックルズは、音楽のみならず、ゲイ・カルチャーにも素晴らしい影響を与えている。彼は、ハウス・ミュージックはゲイに自信を与えることができた文化だと胸を張るのことのできたDJだった。

 すべてのクラブ・ミュージック・ファンにとってのクラシックであり、多くの人たちを最高の気分で舞い上がらせた“The Whistle Song”(1991年)をはじめ、ジェイミー・プリンシプルとのセクシャルな“Your Love”や“Baby Wants To Ride”(1987年)、富家哲との“Tears”(1989年)などなど、彼が残した多くのクラシックはこの先もクラブでプレイされ続けるだろう。若いリスナーにも受け継がれ、聴かれ続けるだろう。永遠のダンス・ミュージックとして。

 いまはただただ悲しい。ハウス・ミュージックの偉人にあらためて最大限の敬意を表し、彼が残した美しい音楽をひたすら聴いていたい。

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革新を装っていながら、どっぷり保守なのである。福岡の空気が『五百円玉みたい』である所以は、この心地いい「保守の中の革新」っぷりにある。「ソト」に向かっているふりをしながら「ウチ」意識が強すぎるのではないかという心地よい矛盾を孕んでいる。という意味での『五百円玉』である。